近年、SNSを中心に政治的発言や社会批判を活発に行うようになったラサール石井さん。
かつてはお笑い芸人や俳優、声優として幅広く活躍していましたが、最近では「おかしくなった」と言われることも少なくありません。
その背景には何があるのでしょうか。
今回は、ラサール石井さんの経歴に隠された秘密と、「おかしくなった」と言われる理由について深掘りしていきます。
インテリ芸人から政治活動家へと転身していった彼の人生と、その変化の真相に迫ります。
ラサール石井がおかしくなったと言われる真相とは
ラサール石井さんが「おかしくなった」と言われる背景には、従来のエンターテイナーとしての姿から大きく変わったSNS上での発言や行動があります。
特に2017年頃からX(旧Twitter)での政府批判や社会問題に対する強い意見表明が目立つようになりました。
かつてはクイズ番組のパネラーやドラマ俳優として親しまれていた彼が、なぜ世間から「おかしくなった」と言われるようになったのか、その真相に迫ってみましょう。
テレビ番組での発言が物議を醸した瞬間

ラサール石井さんがテレビ番組で物議を醸すようになったのは、徐々に政治色の強い発言が増えてきたことがきっかけです。
バラエティ番組での政権批判や社会問題に対する辛辣なコメントが注目を集めるようになりました。
特に討論番組などでは、他の出演者と意見が対立する場面も多く見られるようになっています。
こうした発言は、従来の「お笑いタレント」というイメージとのギャップが大きく、視聴者からは「ラサール石井さんが変わった」という印象を与える要因となりました。
テレビという公共の場での強い政治的主張は、賛否両論を巻き起こすことになったのです。
また、浅田真央選手に対するセクハラ的な発言など、不適切な発言も問題視されることがありました。
インテリ芸人として知られていただけに、そうした言動のギャップが「おかしくなった」という印象を強める結果となっています。
テレビメディアでの発言が物議を醸すようになったことで、徐々に出演番組も減少していったと言われています。
SNSでの言動と世間の反応


ラサール石井さんが最も「おかしくなった」と言われる要因となっているのが、SNS、特にX(旧Twitter)での発言です。
2017年頃から政府批判や社会問題に対する強い意見を頻繁に発信するようになり、その内容が過激だと受け止められるケースが増えました。
特に2024年能登半島地震の際には、二次避難に関する誤情報をSNSで拡散し、「被災者にそんな金あるか。だったらあんたが金を出して、旅館やホテルを借り上げ避難民を移動させろ」と投稿。
これに対して当時の岸田首相が「二次避難先は行政で手配しており、避難者の方にご負担いただくことはありません」と訂正する事態となりました。
ラサール石井さんはその後謝罪していますが、この一件は大きな批判を呼び起こしました。
SNSでの政治的発言の増加に対して、「反体制的になりすぎた」「感情的すぎる」という批判が寄せられる一方で、「勇気ある発言だ」と支持する声もあります。
SNSという直接的に意見を発信できる場の特性と相まって、彼の発言はより注目を集め、世間の反応も二分されている状況です。
芸風の変化と表現の自由

ラサール石井さんの芸風や表現スタイルも、時代とともに大きく変化しています。
かつては「インテリ芸人」として知的な笑いを提供する立ち位置でしたが、近年では社会的・政治的なメッセージ性の強い発言や活動が目立つようになりました。
この変化については、「表現の自由」という観点から見ることも可能です。
芸能人が政治的な発言をすることの是非については、日本社会でしばしば議論になりますが、ラサール石井さん自身は「政治について発言することを仕事の一環」と捉えているようです。
2025年に社民党から参議院選挙に出馬することを表明したことからも、政治的なメッセージを発信することに対する彼の覚悟が伺えます。
「黙って見ているのはもうやめた」という言葉には、表現者としての自覚と責任が込められているのかもしれません。
芸人からアクティビスト、そして政治家へと転身していく姿は、表現の自由を体現する一つの形とも言えるでしょう。
知られざるラサール石井の波乱の人生
ラサール石井さんの人生は、多くの人が想像する以上に波乱に満ちています。
名門ラ・サール高校出身のインテリ芸人としてデビューし、お笑いだけでなく俳優、声優、司会者、脚本家、演出家など多方面で才能を発揮してきました。
しかし、その裏には知られざるエピソードや人生の転機が数多く存在します。
大学での挫折や芸能界での苦労、そして人生の岐路となった出会いや選択など、彼の波乱の人生を紐解いていきましょう。
芸名の由来と学生時代の秘話

ラサール石井さんの芸名は、母校である「ラ・サール高等学校」に由来しています。
この名門カトリック系高校は鹿児島県にあり、進学校として知られています。
彼はこの学校を卒業後、早稲田大学第一文学部に進学しましたが、実は大学は「中退」ではなく「除籍」となっています。
これについてラサール石井さん自身は、
「私は早稲田大学を4年通って除籍になっています。中退と言うと経歴詐称になる。私はラサール高卒。高卒が本当です」
と明言しています。
大学在学中はミュージカル研究会に所属し、放送作家としても活動していたため、多忙で単位不足となり、除籍処分を受けたというのが真相です。
また、学生時代のエピソードとして、幼少期は大村崑に憧れて眼鏡をかけたいがために自ら視力を悪くする努力をしていたという逸話も。
母と並んで微笑んでいる小学生時代の写真が「笑える」として一時期ネタにされたこともあり、本人のTwitter(現X)アカウントのアイコンにも使われていました。
彼の知的な芸風の裏には、こうした学生時代からの独特な個性が息づいているのです。
お笑い芸人から俳優・政治活動家への転身


ラサール石井さんは1980年にお笑いトリオ「コント赤信号」として芸能界デビューしました。
同期には渡辺正行さん、小宮孝泰さんがいます。『オレたちひょうきん族』などのバラエティ番組で人気を博し、インテリ芸人として確固たる地位を築きました。
その後、俳優としての道も切り開き、多くのドラマや映画に出演。
特に1996年から2008年までアニメ『こちら葛飾区亀有公園前派出所』で主人公・両津勘吉の声を担当したことは、彼のキャリアの大きな転機となりました。
当初は「話題作りのための芸人起用」と批判されましたが、次第に「ハマリ役」と絶賛されるようになり、幅広い世代に支持されるようになったのです。
2020年代に入ると、SNSでの政治的発言が増え、2020年4月からは日刊ゲンダイでコラム「ラサール石井 東憤西笑」を担当するなど、政治・社会問題への発信を強化。
そして2025年6月には、社会民主党から参議院議員選挙に比例区で出馬することが発表されました。
お笑い芸人から俳優、声優を経て、政治活動家へと転身していく彼の軌跡は、まさに波乱の人生そのものと言えるでしょう。
ラサール石井wikiプロフィール

プロフィール
本名:石井 朗夫(いしい あきお)
旧芸名:石井 章雄(いしい あきお)
生年月日:1955年10月19日(69歳)
出身地:大阪府大阪市住吉区帝塚山
最終学歴:ラ・サール高等学校卒業(早稲田大学第一文学部除籍)
所属事務所:石井光三オフィス
活動:お笑いタレント、俳優、声優、司会者、脚本家、演出家、著作家、コラムニスト
家族構成:再婚(2012年に24歳年下の一般女性と結婚)、前妻との間に2人の娘
経歴
- 1955年:大阪府大阪市住吉区帝塚山に生まれる
- 1974年:ラ・サール高等学校卒業、早稲田大学第一文学部に進学
- 1978年:渡辺正行、小宮孝泰と「コント赤信号」結成
- 1982年:「オレたちひょうきん族」に出演開始
- 1991年:「たけし・逸見の平成教育委員会」でインテリ芸人として活躍
- 1996年:アニメ「こちら葛飾区亀有公園前派出所」で両津勘吉役の声優を担当(〜2008年)
- 2004年:舞台「Zipper」で脚本・演出を手がける
- 2011年:15年前から別居していた妻と正式に離婚
- 2012年:24歳年下の一般人女性と再婚
- 2017年頃:SNSでの政治的発言が活発化
- 2020年:日刊ゲンダイでコラム「東憤西笑」を担当開始
- 2024年:能登半島地震における誤情報投稿で批判を受ける
- 2025年:社民党から参議院選挙比例区への出馬を表明
まとめ

ラサール石井さんの経歴と「おかしくなった」と言われる理由について探ってきました。
彼は大阪出身のインテリ芸人として芸能界デビューし、お笑い、俳優、声優、司会、脚本家など多彩な才能を発揮してきました。
特に声優としての「こち亀」両津勘吉役は多くの人に愛されるキャラクターとなり、彼のキャリアの中でも大きな功績と言えるでしょう。
しかし、2017年頃からSNSでの政治的発言が目立つようになり、特に能登半島地震の際の誤情報拡散は大きな批判を浴びる結果となりました。
ラサール石井さんが「おかしくなった」と言われる背景には、従来のエンターテイナーとしてのイメージから、政治的活動家へと変化していった姿勢があります。
この変化に対して世間の評価は二分されていますが、本人は「政治について発言することを仕事の一環」と捉え、2025年には社民党から参議院選挙に出馬することを表明しました。
彼の人生は常に変化し続け、新たな挑戦を続けてきた軌跡とも言えます。
「おかしくなった」という評価は見方によって異なりますが、自分の信念に従って発言し行動する姿勢は、一貫しているのかもしれません。
ラサール石井さんの今後の活動にも、引き続き注目していきたいですね。