昭和を代表する歌姫・岩崎宏美さんは、1975年のデビュー以来、『ロマンス』や『聖母たちのララバイ』などの名曲で多くのファンを魅了してきました。
圧倒的な歌唱力で知られる彼女ですが、プライベートでは2度の結婚と離婚を経験しています。
結婚歴や旦那の噂、そして音楽の才能を育んだ両親の存在について気になる方も多いのではないでしょうか。
本記事では、岩崎宏美さんの結婚歴の真相、両親からの影響、そして現在の活動状況まで徹底調査しました。
デビュー50周年を迎えた彼女の人生を紐解いていきます。
岩崎宏美の結婚歴と旦那の噂を調査!
岩崎宏美さんは、華やかな芸能人生の裏で、2度の結婚と離婚という人生の転機を経験されています。
結婚相手はいずれも異なる職業の方で、それぞれの結婚には様々なドラマがありました。
ここでは、岩崎宏美さんの結婚歴について、なぜ独身を貫いているのか、そして旦那や恋愛の噂について詳しく見ていきましょう。
プライベートをあまり語らない彼女ですが、これまでの結婚生活には多くの学びがあったようです。
岩崎宏美の結婚歴は?独身を貫いている理由

岩崎宏美さんの結婚歴は2回です。
最初の結婚は1988年で、お相手は三井物産創業家の玄孫である商社勤務の男性・益田孝二さんでした。
この結婚は玉の輿婚として話題になり、岩崎さんは芸名を「益田宏美」に改名しています。
1989年に長男、1992年に次男を出産しましたが、1995年に協議離婚となりました。
離婚後、親権は元夫側に渡り、元夫が1996年に再婚したため、岩崎さんは子供たちと離れて暮らすことになったのです。

2度目の結婚は2009年で、お相手はミュージカル俳優の今拓哉さんでした。
二人は1998年のミュージカル『レ・ミゼラブル』での共演がきっかけで知り合い、約7年半の同棲生活を経て結婚に至りました。
しかし2023年4月に円満離婚し、現在は独身です。
独身を貫いている理由については明確には語られていませんが、音楽活動に専念したいという思いがあるのかもしれません。
旦那や恋愛の噂について徹底調査!

岩崎宏美さんの最初の夫・益田孝二さんは、エリート商社マンで三井物産関連の名家出身でした。
出会いは1987年頃、共通の知人の紹介がきっかけとされ、益田さんが岩崎さんのファンだったという背景があります。
結婚後は2人の息子に恵まれましたが、離婚後は子供たちと会えない期間が続き、岩崎さんにとって辛い時期だったようです。

2番目の夫・今拓哉さんは、1968年生まれのミュージカル俳優で、東宝ミュージカルを中心に活躍されています。
岩崎さんは今さんの第一印象を「すごく真面目そう」と語っており、稽古中も常にフルボイスで歌っていた姿に感銘を受けたそうです。
二人が同じ誕生日(11月12日)であることも話題になりました。
2023年の離婚は話し合いによる円満なもので、離婚後も良好な関係を続けているとのことです。
現在、特定の恋愛の噂は報じられておらず、岩崎さんは音楽活動に情熱を注いでいます。
岩崎宏美の両親はどんな人?家族構成と音楽の影響
岩崎宏美さんの音楽の才能は、家庭環境と両親の影響が大きく関わっています。
東京都江東区の裕福な家庭に生まれた彼女は、3姉妹の次女として育ちました。
父親は実業家、母親は専業主婦という家庭で、妹の岩崎良美さんも歌手として活躍しています。
ここでは、岩崎宏美さんを育てた両親のプロフィールと家族構成、音楽教育、そして両親から受けた影響について詳しく見ていきましょう。
家族との関係は複雑な側面もありましたが、音楽への道を歩む基盤となったのです。
岩崎宏美の両親のプロフィールと家族構成

岩崎宏美さんの父・岩崎兼三さんは、東京都江東区木場・深川で材木機械の輸入販売会社を経営する実業家でした。
地域で影響力のある人物であり、警察の師範も務める剣道の高段位保持者でもありました。
娘の歌手デビューを支援し、1978年に有限会社スリージーを設立してマネジメントを担当しています。
しかし厳格な性格で、良美さんの歌手活動には反対するなど、複雑な一面もあったようです。
2016年に死去されました。

母親は戦争で疎開を経験し、父と出会って結婚した専業主婦でした。
教育熱心で、歌の才能を娘たちに伝えた人物です。
2002年に夫の愛人との再婚により離婚し、妹の良美さんと家を出ました。
家族構成は、長女が一般人、次女が岩崎宏美さん、三女が歌手の岩崎良美さんという3姉妹です。
実家は江東区深川の高級住宅地にあり、裕福な環境で育ちました。
妹・岩崎良美との姉妹デュオと両親の音楽教育

岩崎宏美さんと妹の良美さんは、幼い頃から仲良しで知られています。
宏美さんは良美さんに向けて作詞した曲「やさしい妹へ」をアルバム『Love Letter』に収録しており、姉妹の絆の深さがうかがえます。
現在も岩崎姉妹によるジョイントライブが「宝くじ助成・まちの音楽会」として定期的に開催され、二人のハーモニーはファンから高い評価を得ています。
両親の音楽教育については、母親が歌の才能を娘たちに伝えた教育熱心な人物でした。
宏美さんは小学2年生の頃、音楽教師から勧められて合唱団に所属し、歌を習い始めました。
小学5年生の時にジャクソン5の「ABC」を聴いて歌手に憧れるようになり、中学校進学後は歌手を目指して松田トシさんに師事しています。
父親は警察の師範を務めた影響で、幼い頃から姉妹で剣道を習わせるなど、厳格な教育方針を持っていました。
こうした家庭環境が、岩崎姉妹の音楽の基盤を築いたのです。
両親から受けた影響と現在の関係

岩崎宏美さんが両親から受けた影響は、音楽面だけでなく人生観にも及んでいます。
父親は娘の歌手デビューを支援し、事務所を設立するなどキャリアの基盤を作りましたが、一方で再婚相手の今拓哉さんに婿養子になることを望むなど、強い意向を持っていました。
今さんがこれを拒否すると猛反対し、結果的に宏美さんは父親との決別を選択しています。
2009年の再婚を機に父親は会社の役員から外され、実家を離れることになりました。
こうした確執は、宏美さんにとって精神的な負担となったようです。
母親との関係は比較的良好で、宏美さんの歌手活動を支えていたとされています。
父親は2016年に死去し、宏美さんはSNSで父との思い出を振り返るコメントを投稿しました。
現在、初婚で生まれた2人の息子とは成人後に良好な関係を保っており、長男は結婚して孫もいます。
次男はプロサッカークラブ横浜FCで外国人選手の通訳として活躍しています。
家族との絆は、岩崎宏美さんの人生を支える大きな力となっているのです。
岩崎宏美wikiプロフィール

プロフィール
- 本名: 岩崎宏美(いわさきひろみ)
- 生年月日: 1958年11月12日
- 出身地: 東京都江東区深川
- 所属事務所: スリージーカンパニー
- レコード会社: テイチクエンタテインメント(インペリアルレーベル)
- 家族: 妹は歌手の岩崎良美
- 愛称: ヒロリン
経歴
- 1974年: 『スター誕生!』決戦大会で最優秀賞受賞、8社からスカウト
- 1975年: 『二重唱(デュエット)』で歌手デビュー、『ロマンス』が90万枚の大ヒット、第26回NHK紅白歌合戦に初出場
- 1976年: 『センチメンタル』が第48回センバツ高校野球大会入場行進曲に
- 1977年: 堀越高等学校卒業、『思秋期』で第19回日本レコード大賞歌唱賞受賞
- 1982年: 『聖母たちのララバイ』が80万枚の大ヒット、日本歌謡大賞受賞
- 1986年: エジプト・ピラミッド前でコンサート開催(女性アーティスト初)
- 1988年: ミュージカル『レ・ミゼラブル』出演、益田孝二と結婚
- 1995年: 協議離婚、芸名を岩崎宏美に戻して本格的に歌手活動再開
- 2007年: チェコ・フィルハーモニー管弦楽団と共演
- 2009年: 今拓哉と再婚
- 2015年: デビュー40周年、初のニューヨーク公演開催
- 2023年: 今拓哉と離婚、事務所名を「スリージーカンパニー」に変更
- 2025年: デビュー50周年、第76回NHK紅白歌合戦に37年ぶり出場予定
まとめ

岩崎宏美さんは、2度の結婚と離婚を経験しながらも、現在は独身で音楽活動に情熱を注いでいます。
最初の夫は商社マンの益田孝二さん、2番目の夫はミュージカル俳優の今拓哉さんでした。
両親は材木機械の輸入販売会社を経営する裕福な家庭で、父親は厳格ながらも娘の歌手活動を支援し、母親は教育熱心に音楽の才能を育みました。
妹の良美さんとは現在もジョイントライブを開催するなど、良好な関係を続けています。
2025年にデビュー50周年を迎え、37年ぶりに紅白歌合戦への出場も決定しました。
息子たちや孫とも良好な関係を保ちながら、歌手として輝き続ける岩崎宏美さんの今後の活躍に期待が高まります。
