1980年代を代表するトップアイドルとして、数々のヒット曲と華麗なダンスパフォーマンスで一世を風靡した田原俊彦さん。
そのスター性は音楽活動だけでなく、プライベートにおいても常に注目を集めてきました。
松田聖子さんや中山美穂さんといった当時のトップアイドルたちとの恋愛報道は、世間を大きく賑わせたものです。
そして1993年には元モデルの向井田彩子さんと結婚し、現在は二人の娘さんを持つ父親となられています。
本記事では、田原俊彦さんの華やかな恋愛遍歴から妻との馴れ初め、そして娘さんとその夫についてまで、詳しくご紹介していきます。
田原俊彦の恋愛遍歴を時系列で紹介!
トップアイドルとして絶頂期を迎えていた田原俊彦さんには、数多くの女性芸能人との恋愛の噂がありました。
当時のファンレターは月に18万通にも達するほどの人気ぶりで、その恋愛模様は常にメディアの注目を集めていたのです。
ここでは、田原俊彦さんの華やかな恋愛遍歴について、時系列でご紹介していきましょう。
週刊誌やメディアで大きく報じられた交際の噂から、本人が語ったエピソードまで、詳しく見ていきます。
デビュー当時から80年代の恋愛の噂

田原俊彦さんのデビュー当時から1980年代にかけては、トップアイドル同士の交際が大きな話題となっていました。
最も有名なのが松田聖子さんとの恋愛の噂でしょう。
1980年から1985年頃にかけて、グリコのCMや「レッツゴーヤング」での共演から「さわやかカップル」として噂されました。
同期のトップアイドル同士ということもあり、ファンの間では大きな話題となっていたようです。
しかし本人確認はなく、公式な交際には至らなかったとされています。

また、中森明菜さんや菊池桃子さんといった同世代のアイドルとの交際説も断片的に報じられましたが、詳細なエピソードは少なく、友人関係の延長線上だったようです。
田原俊彦さん本人はバラエティ番組で「芸能人と2桁の関係があった」とビッグマウスで語っており、「モテ伝説」を自ら作り上げていました。
90年代以降の交際報道と恋愛観

1989年から1991年にかけて、田原俊彦さんと中山美穂さんの交際が大きく報じられました。
中山美穂さんが田原俊彦さんのファンだったことから関係が始まり、事務所の反対を押し切って半同棲状態になったと報道されています。
特に1991年1月には、二人がハワイ旅行に出発する際に成田空港で報道陣に囲まれ、「結婚秒読み」とまで騒がれました。
交際期間は約6年にも及んだとされ、週刊誌「フライデー」や「週刊新潮」などで連日追跡取材されるほどの注目度でした。
しかし最終的には、事務所の反対や仕事優先といった理由で破局したとされています。
この恋愛について、田原俊彦さんは後年のYouTube動画で「本当に可愛い子だった」「何度も迎えに行った」と懐かしむ発言をされており、当時の思い出を振り返っています。
これまでに噂になった女性たちとのエピソード

田原俊彦さんは、トップアイドルとしての全盛期に数多くの女性芸能人と噂になりました。
松田聖子さんとは音楽番組などでの共演から親しくなったとされ、トップアイドル同士の交際として注目されましたが、表立った恋人宣言には至りませんでした。
中山美穂さんとの関係では、ハワイ旅行の際にポルシェから降車する写真が週刊誌の表紙を飾るなど、大々的に報じられています。
田原俊彦さん本人は、バラエティ番組で「番組の本番中にトイレで電話番号を交換した」といったナンパエピソードを自虐的に語るなど、プレイボーイとしてのキャラクターを確立していました。
また、南野陽子さんなど他のアイドルとの噂も散見されますが、多くは噂レベルの域を出ないものでした。
これらの恋愛遍歴は、当時の芸能界における「事務所管理下での恋愛」事情を反映しており、田原俊彦さんの「伝説的モテ男」イメージを形成する要因となったのです。
田原俊彦と妻との馴れ初めや娘と娘の夫について
華やかな恋愛遍歴を経て、田原俊彦さんは1993年に元モデルの向井田彩子さんと結婚されました。
10歳年下の妻との出会いから結婚に至るまでの経緯、そして二人の娘さんについて、詳しく見ていきましょう。
特に長女の田原可南子さんは、2024年に俳優の高良健吾さんとの結婚を発表し、田原俊彦さんは初めてのおじいちゃんになることが決まりました。
ここでは、家族についての情報を詳しくご紹介します。
妻との出会いから結婚までの馴れ初めエピソード

田原俊彦さんの妻は、元モデルの向井田彩子さんで、田原俊彦さんより10歳年下です。
彼女は「CanCam」などのファッション誌でモデルとして活躍していました。
出会いから交際に至る詳細については、本人たちが公式に語ったことはほとんどありませんが、1990年代初頭に芸能界の知人を通じた食事会がきっかけだったとされています。
田原俊彦さんが雑誌で見かけた向井田彩子さんに注目し、知人を通じて食事の場をセッティングしたという情報もあります。
交際は数年続いたとされ、1993年10月に結婚を発表しました。
この結婚は「授かり婚」として報じられ、翌1994年2月には長女の田原可南子さんが誕生しています。
当時は現役の人気アイドルだったため、ファンに大きな衝撃を与えましたが、新しい人生のスタートとして多くの祝福を受けました。
娘の現在と娘の夫についての情報


田原俊彦さんと妻の向井田彩子さんの間には、二人の娘さんがいます。
長女はタレントの田原可南子さん(1994年生まれ)で、かつては「綾乃美花」という芸名で活動していました。
可南子さんは毎年父親のライブに足を運び、感想をLINEで伝えるなど、親子の絆を大切にされています。
2024年10月4日、田原可南子さんは俳優の高良健吾さんとの結婚と第1子妊娠を連名で発表しました。
高良健吾さんは1987年生まれの実力派俳優で、映画やドラマで高い評価を受けています。
結婚発表に際して、田原俊彦さんは生配信中に「俺、結婚したの?」とユーモアを交えた反応を示し、ファンからも好意的に受け止められました。
次女については一般人として生活されており、名前や詳細は公開されていません。
田原俊彦の家族観と娘への愛情

田原俊彦さんは、娘たちに対して深い愛情を持ちながらも、厳格な教育方針を貫いてきました。
特に「2世だからといって特別扱いはしない」という信念を持ち、「成人したら自分の責任で生きるべき」と教えてこられました。
長女の田原可南子さんは、父親について「ツンデレ」と冗談交じりに表現しており、LINEでライブの感想を送っても「既読スルー」されることが多いそうです。
しかし田原俊彦さんは、可南子さんが小学生の頃に自宅の屋根に上って安全パトロールをしていたというエピソードもあり、過保護な一面も持ち合わせています。
可南子さんの結婚発表に対しては、軽やかな態度を見せつつも、家族としての絆を大切にしている様子が伺えます。
幼い時に父親を亡くした田原俊彦さんにとって、家族は何よりも大切な存在であり、その愛情は娘たちへの教育方針にも表れているのです。
田原俊彦wikiプロフィール

プロフィール
- 本名:田原俊彦(たはら としひこ)
- 生年月日:1961年2月28日
- 出生地:神奈川県横須賀市
- 出身地:山梨県甲府市
- 身長:175cm
- 体重:62kg
- 愛称:トシちゃん
- 所属事務所:ジェイブレイブ
- 家族:妻・向井田彩子(元モデル)、長女・田原可南子(タレント)、次女、娘婿・高良健吾(俳優)
経歴
- 1967年:横須賀市立馬堀小学校入学、父が糖尿病で死去、山梨県甲府市へ転居
- 1976年5月:高校入学直後にジャニーズ事務所へ履歴書送付
- 1976年8月:事務所を直接訪問しジャニー喜多川と直談判、入門許可
- 1979年3月:高校卒業と同時に正式上京
- 1979年10月:ドラマ『3年B組金八先生』に沢村正治役でレギュラー出演、「たのきんトリオ」として人気に
- 1980年6月:『哀愁でいと』で歌手デビュー、第22回日本レコード大賞・最優秀新人賞受賞
- 1980年〜1986年:『NHK紅白歌合戦』に7年連続出場
- 1982年:ブロマイド年間売上実績の男性部門でトップ
- 1984年:ロサンゼルスオリンピック聖火リレーのランナーとして参加
- 1991年1月:個人事務所「DOUBLE “T” PROJECT」設立
- 1993年:元モデルの向井田彩子と結婚
- 1994年2月:長女・田原可南子誕生
- 1994年3月:ジャニーズ事務所から完全独立
- 2017年6月:11年ぶりにユニバーサルミュージックからメジャー復帰
- 2021年2月:還暦を機にTikTok公式アカウント開設
- 2022年9月:個人YouTubeチャンネル『田原トシちゃんねる!』開設
- 2025年3月:長女・可南子と高良健吾の第一子誕生、初孫を迎える
まとめ

田原俊彦さんの恋愛遍歴は、1980年代のトップアイドルとしての華やかな時代を象徴するものでした。
松田聖子さんや中山美穂さんといった当時のトップスターたちとの交際が報じられ、常にメディアの注目を集めてきました。
そして1993年には、元モデルの向井田彩子さんと結婚し、二人の娘さんに恵まれています。
長女の田原可南子さんは2024年に俳優の高良健吾さんと結婚し、田原俊彦さんは初孫を迎えることになりました。
アイドル時代の華やかな恋愛遍歴から、現在は家族を大切にする父親・祖父としての姿まで、田原俊彦さんの人生は多くのドラマに満ちています。
今後も田原俊彦さんの活躍と、家族の幸せな姿を応援していきたいですね。
