【画像】佐々木勇気の親はどんな人?棋士になるまでのエピソード3選!

今や将棋界で注目を浴びる佐々木勇気八段。

2024年3月17日のNHK杯将棋トーナメント決勝で、佐々木勇気八段が藤井聡太八冠を下して初優勝を達成しました。

佐々木さんは2017年7月に行われた竜王戦決勝トーナンメト2回戦でも、当時デビュー戦から負けなしで29戦全勝だった藤井聡太さんにプロ初黒星をつけていることでも有名です。

”藤井キラー”の異名も持つ佐々木さん、将棋を始めたきっかけはお母さんにあるとのことです。

今回は佐々木さんのお母さんと将棋との関りについて調べてみたいと思います。

目次

【画像】佐々木勇気の親はどんな人?

父親は外資系の仕事?

佐々木さんのお父さんは一般人のようで職業や年齢などは公開されていません。

後述の経歴欄でご紹介しますが、佐々木さんはスイスのジュネーブで生まれ、2歳までフランスに在住しています。

ご両親の都合によるものでしょうが、父親の勤務場所が海外であったと考えられます。

海外赴任が多い業界は

・商社
・メーカー
・建設業界
・金融業界
・国際機関・独立行政法人

など挙げられます。

こちらのご職業で海外に赴任されていたんかもしれませんね。

佐々木さんは幼少期を海外で過ごされたようですので、日本と異なる習慣にも触れて視野が広がっているのでは。

海外での経験も、棋士としての能力に活かされているのでしょうか。

母は沖縄出身!

佐々木さんのお母さんは一般人のようで職業や年齢などは公開されていません。

専業主婦との噂もありますが詳細は不明です。

お母さんの出身については沖縄であることが過去のインタビューでわかっています。

佐々木さんも子どもの頃から沖縄には何度も訪れているのだとか。

イケメンで女性ファンが多い佐々木さんは、沖縄出身のお母さんから端正な顔立ちを譲り受けた可能性もありますね。

「沖縄にゆかりのある私の活躍が(将棋の)普及につながればうれしい」と話しており、母親の地元に愛着があるようです。

沖縄は佐々木さんにとって安らげる場所でもあるようです。

佐々木勇気が棋士になるまでのエピソード3選!

【エピソード①】子どもの頃はスポーツ少年だった!

佐々木さんが将棋と出会ったのは偶然だったようです。

もともとはスポーツ少年だったようで「じっとしているのがあまり得意ではない」と話しています。

もともと走るのが好きで、中学まで陸上部に所属、高校ではバスケ部に入るなど、身体を動かくことが好きなようですね。

「将棋は個人プレイだが、バスケやフットサルはチームプレイなので、点数を入れたときにみんなで喜べるのが楽しい」と話しています。

将棋連盟では自らが部長となりバスケ部も発足させている佐々木さん、スポーツが将棋においては体力面や、秒読みの際の反射神経に活きているようで、これからも続けたいと話しています。

【エピソード②】子供時代に将棋を選んでくれたのは母親だった!



スポーツ好きなことがわかった佐々木さん。

子供の頃にはスイミングも習っており、その頃に将棋と出会ったのだそう。

スイミングを習っていた5歳の時に耳の病気(中耳炎)で1週間入院、退院後も自宅で安静が1週間程必要だった時期がお正月だったとのこと。

その時にお母さんが「家の中で、かつ、家族で何か遊べるものを」ということで佐々木さんに将棋を買ってきてくれたそうです。

ちなみに、将棋のルールは家族のだれも知らなかったとのこと。

お父さんがルール程度は知っていたそうで、最初はお父さんと対戦していたそうですが「父ではすぐ相手にならなくなった」ために、その後将棋会館の子供スクールに通い始めたと話しています。

ルールが分からない状態からやりながら覚えていったという佐々木さん、5歳であれば分からないとすぐに飽きてしまいそうですが、当時から「のめり込んだ」のだとか。

――そのままやめずに続けたということは相当おもしろかったんですね。

(佐々木)なぜかは覚えていませんが、のめり込みました。

勝てたときにうれしかったというのもありましたし、いろいろな動きをする将棋の駒を自分で好きなように動かすことができるというのが一つの魅力だったのではないでしょうか。

Z-SQUARE

もともとスポーツ好きで、将棋でも勝負に対してのこだわりなどスポーツに通ずるものがあったのかもしれませんね。

「勝てたときにうれしかった」と話していますし、自身の身体が自由に動かせない状況で、自分の頭で自由に盤上の駒を動かせる魅力に気付いた子供時代だったようです。

【エピソード③】囲碁はチョコみたいで誤飲する危険があったから

佐々木さんのお母さんが先の入院・自宅療養していた時に家の中で遊べるものを探していた際に「囲碁」が案としてよぎったそうです。

お母さんの父親・佐々木さんの祖父は囲碁が好きなのだそうです。

囲碁ならお祖父さんが教えてあげられますし、もし囲碁をしていたのならそちらの方向でも大成されていたかもしれませんね。

しかしながらお母さんが佐々木さんに将棋を選んだのは「(碁石は)チョコレートみたいで、口の中に入れてしまうおそれがあるから危ない」と考えてのことだったそうです。

確かに5歳だったら文字ばかりの駒より、二色碁石の方が興味が出そうですが間違えて食べるかもしれないという可能性もありますね。

家族みんながルールを知らないけど将棋を選んだお母さんには先の未来が見えていたのでしょうか。

2024年3月17日のNHK杯将棋トーナメント決勝で優勝した時の佐々木さんコメントには、お母さんに感謝しているという主旨のコメントがありました。

(佐々木)母は子どもの頃、自分に将棋を選ばせてくれたっていうこともあって、今こうして健康でいられるのも親のありがたみというのはあると思うので。

棋士になれたのはそういうご縁もあったからかなと思います。

NHK杯優勝 佐々木勇気八段 インタビュー

勝った時に、一番最初にお母さんへ「結果のみ連絡した」そうですので恐らくメールでの報告だったのではと思われます。

お母さんからの返信は見ていないそうですが「(勝負の結果を)心配していたと思うので」と話しており、いつも親を気遣っている優しい性格が感じられます。

佐々木勇気wikiプロフィール

プロフィール

名前:佐々木 勇気(ささき ゆうき)

生年月日:1994年8月5日

出身地:スイス・ジュネーブ

身長:170cm

プロ入り:2010年10月1日

棋戦優勝:2回
     第73回NHK杯テレビ将棋トーナメント
     第3期加古川青流戦

経歴

1994年スイス・ジュネーブで生まれ、2歳までフランスに滞在。

帰国後5歳の正月に将棋を始める。

小学3年のとき全国小学生倉敷王将戦低学年の部に出場し優勝。

4年で小学生将棋名人戦で優勝。


同年、奨励会入会。

その後、伝統文化を積極的に取り入れている中高一貫校・都立白鷗高等学校附属中学校に入学、2008年、中学2年4月に13歳8ヵ月で三段に昇段。

2015年10月まで三段昇段の最年少記録保持者だった。

2010年、16歳1ヵ月でプロ入り。

2016年度の年間対局数は65局、堂々の1位タイで最多対局賞を受賞。

2017年7月に六段に昇段。

2018年11月に七段に昇段。

2023年3月に八段に昇段。

まとめ

今回は佐々木さんのお母さんと将棋との関りについて調べてみました。

子どもの頃スポーツ少年だった佐々木さんは5歳の頃に入院したことがきっかけで母親から将棋を与えられて興味を持ち始めました。

家族のだれもルールを知らない中で将棋の世界にのめり込み、子供将棋スクールに通い始めます。

祖父が以後好きでしたが、囲碁は誤飲の危険があった為にお母さんは将棋を選んだというエピソードがありました。

「天然キャラ」「あざとかわいい」などファンの間で独特のキャラクターと噂され人気の佐々木さん。

実力も誰もが認める天才と言われており、今後の対戦や佐々木さんの予想できない動向に注目が集まりそうです。

これからも佐々木勇気さんの活躍を応援しています。

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